感情に振り回されないための思考法:認知の歪みを見つける・変えるステップ
感情の波に揺さぶられ、時に冷静な判断ができなくなると感じたことはありませんか。日々の仕事や人間関係において、特定の状況でいつも同じような否定的な感情(不安、怒り、落ち込みなど)が生じやすい場合、その背景には「認知の歪み」が関係しているかもしれません。
感情は、出来事そのものによって直接引き起こされるのではなく、私たちがその出来事をどのように「解釈するか」、つまり「どのように考えるか」によって大きく左右されることが、心理学的な研究で明らかになっています。特に、現実とは少しずれた、極端で非機能的な思考パターンは「認知の歪み」と呼ばれ、不必要な感情的な苦痛を生み出す原因となります。
認知の歪みとは何か
認知の歪みとは、出来事や状況を評価する際に生じる、不正確または非合理的な思考パターンです。これは、私たちの過去の経験や信念に基づいて無意識のうちに働くことが多く、感情や行動に強い影響を与えます。論理的思考が得意な方であっても、感情が絡む状況ではこうした無意識の思考パターンに影響されることがあります。
いくつかの代表的な認知の歪みをご紹介します。
- 全か無か思考(白黒思考): 物事を中間がなく、全てかゼロかで考える極端な思考パターンです。「完璧でなければ全く価値がない」「成功か失敗か」のように考えます。
- 過度の一般化: 一つの否定的な出来事から、「いつもこうだ」「全てこうなるだろう」と結論付けてしまう思考パターンです。「一度失敗したから、自分は何をやってもダメだ」のように考えます。
- 心のフィルター: ポジティブな側面を無視し、否定的な側面にばかり焦点を当てる思考パターンです。成功した部分があっても、小さな失敗だけを拡大して捉えます。
- 結論への飛躍: 十分な根拠がないのに、ネガティブな結論を急いで下す思考パターンです。これには他人の意図を悪く推測する「読心術」や、物事が悪い方向に向かうと決めつける「予言」が含まれます。
- すべき思考: 物事や人が「〜すべき」「〜ねばならない」と厳格なルールで考え、それに反すると自分や他人を過度に非難する思考パターンです。
- 感情的決めつけ: 根拠がなくても、自分が感じたことを真実だと決めつける思考パターンです。「不安を感じるから、きっと何か悪いことが起こるに違いない」のように考えます。
これらの認知の歪みは、特定の出来事に対して現実とは異なる解釈を生み出し、それに応じた強い否定的な感情を引き起こすメカニズムとして働きます。
認知の歪みが感情に影響するメカニズム
私たちの感情は、出来事、思考(認知)、そして感情・行動が相互に関連し合って生じると考えられています。これは認知行動療法の基本的な考え方であるABCモデルで説明されることがあります。
- A (Activating Event): 実際に起きた出来事や状況。
- B (Belief): その出来事に対する、私たちの考え方や信念(ここに認知の歪みが影響します)。
- C (Consequence): その考え方の結果として生じる感情や行動。
例えば、「会議で質問にうまく答えられなかった」という出来事(A)があったとします。 * 認知の歪みがない、より現実的な考え方(B):「今回は準備不足だったが、次に活かそう」「皆、完璧ではない」 → 結果として生じる感情(C):「少し残念だが、仕方ない」「次への意欲」 * 「全か無か思考」や「過度の一般化」といった認知の歪みがある考え方(B):「たった一度うまく話せなかっただけで、自分は仕事が全くできない人間だ」「きっと皆に能力がないと思われただろう」 → 結果として生じる感情(C):「強い落ち込み」「恥ずかしさ」「今後発言することへの不安」
このように、同じ出来事でも、それをどのように捉えるか(B)によって、全く異なる感情(C)が生じることがわかります。認知の歪みは、現実を正確に反映しないフィルターを通して出来事を見るため、不適切な、あるいは過度に強い否定的な感情を生み出しやすいのです。
認知の歪みを見つけるステップ
自分の思考パターン、特に感情が強く動いた時の思考に気づくことが、感情調整の第一歩です。以下のステップを試してみてください。
- 感情に気づく: 強い不安、怒り、悲しみ、落ち込みなど、不快な感情が生じた瞬間に立ち止まります。「今、自分は〇〇という感情を感じているな」と客観的にラベリングします。(これは以前の記事で触れた感情ラベリングの応用です。)
- 状況を確認する: その感情が生じる直前に、どのような出来事があったのか、どのような状況だったのかを具体的に思い出します。
- 頭の中で何を考えていたかを探る: その出来事や状況に対して、自分が心の中で何を考えていたか、どのように解釈したかを可能な限り具体的に書き出してみます。頭の中で自動的に浮かんだ考え(自動思考)に注目します。「自分はダメだ」「相手はこう思っているに違いない」「これは最悪だ」など、断片的な思考でも構いません。
- 認知の歪みを特定する: 書き出した自分の思考パターンが、先に挙げたような代表的な認知の歪みに当てはまらないか検討します。どの種類の歪みが働いているかを見つけ出します。
このプロセスを日常的に(特に感情が大きく動いた時に)意識することで、自分がどのような認知の歪みを持ちやすいか、そしてそれがどのように感情に結びついているかを体系的に理解できるようになります。感情日誌をつけることも有効な方法です。
認知の歪みを変えるステップ
自分の思考パターン、特に認知の歪みに気づいたら、次にそれらをより現実的でバランスの取れたものに変えていく練習をします。
- 証拠を検討する: 見つけた思考(認知の歪み)が、現実に基づいてどの程度正確かを検討します。その思考を支持する証拠と、反証する証拠をリストアップします。「自分は仕事が全くできない人間だ」という思考に対して、過去に成功した仕事や褒められた経験、今回の失敗の具体的な原因(本当に自分の能力だけの問題か?)などを冷静に検討します。
- 別の考え方を探す: 歪んだ思考に代わる、より現実的でバランスの取れた考え方をいくつか考え出します。全か無かではなく中間点を見つける、最悪のシナリオだけでなく他の可能性も考えるなど、客観的な視点を取り入れます。「今回は準備が足りなかった。次回は〇〇に注意すれば改善できる」「この失敗から〇〇を学べた」のように、建設的な考え方を模索します。
- 新しい考え方の影響を評価する: 見つけ出した代替的な考え方を受け入れた場合、どのような感情になるかを想像します。歪んだ思考に固執した場合と比べて、感情的な苦痛が軽減されるか、より適切な感情になるかを確認します。
- 新しい考え方を採用する練習: より機能的な代替思考を選び、意識的にその考え方を採用する練習を繰り返します。最初は不自然に感じるかもしれませんが、繰り返すことで徐々に新しい思考パターンが定着していきます。
このステップは、まるで仮説検証のように、自分の考え方を客観的に吟味し、より合理的な「仮説」に置き換えていく作業と言えます。論理的に思考することに慣れている方には、取り組みやすいアプローチかもしれません。
実践へのヒントと継続のために
- 記録をつける: 感情が動いた時の状況、思考、感情、そして見つけた認知の歪みや代替思考を記録する習慣をつけると、自分のパターンがより明確になります。
- 小さなことから始める: 全ての認知の歪みを一度に変えようとせず、自分が最も感情的に反応しやすい状況や、見つけやすい特定の歪みから取り組みを始めます。
- 完璧を目指さない: 認知の歪みを完全になくすことは難しいかもしれません。目標は、歪みに気づき、それによって生じる感情的な影響を軽減し、より現実的な視点を持てるようになることです。
- 時間はかかることを理解する: 長年培われた思考パターンを変えるには時間がかかります。すぐに効果が出なくても焦らず、継続的に練習することが重要です。
感情調整は、自分の内面で起きていること(特に思考)を理解し、意図的に働きかけていくスキルです。認知の歪みに気づき、それを調整していくアプローチは、感情に振り回されるのではなく、感情とより建設的に向き合うための強力なツールとなります。忙しい日々の中でも、感情が動いた数分間を利用して自分の思考に目を向けることから始めてみてください。継続することで、感情の波に冷静に対処できる力が高まっていくのを感じられるでしょう。
当サイトでは、感情調整に役立つ様々な方法を体系的に提供しています。今回ご紹介した認知的なアプローチ以外にも、感情を落ち着かせる呼吸法や、感情そのものを受け入れるマインドフルネスなど、多様なスキルがありますので、ぜひ他の記事も参照し、ご自身に合った方法を見つけてみてください。